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ananという雑誌で抱かれたい男だかいい男だかのランキングをやっていてここ10年連続木村拓哉というSMAPの人が1位なんですよね。

まあ木村拓哉が人気があるというのはわかるもののさすがに10年1位と言われると、単にanan編集部に木村拓哉ファンがいるだけなのでは?と考えてしまいます。実際はどうだかしりませんが。

それに読者投票だとしても、木村拓哉を選ぶ読者が大多数という時点でターゲットが自分でないのが分かるので、まあなんというかananという雑誌は今後も読む事はなさそうです。

じゃあたじまさんの考えるいい男ってどんなんなのよ?と言われそうなので、私がいい男だと思った人を上げてみます。順位はなしノンジャンル(ただし世に名前が出ている人だけ。職場の同僚の××さんみたいのはなしの方向で)で4人ほど。

●北野武

●蓮池透

●五味太郎

●中山雅史

ビートたけしは子供の頃からテレビでよく見かけてたしお笑い芸人の印象が最初はつよかったのでいい男かどうか考えたことはなかったのですがある日ジョニー・ウォーカーのCMを見てようやくいい男であることに気がつきました。

蓮池さんちのお兄さんは例の拉致問題でテレビによく出ていた時期にいい男だなあと思っていました。テレビに映る事が多い色々なタレントや芸能人なんかの人たちとは、勿論それ以外の「そのときたまたま(街頭インタビューとかで)テレビに出ただけの素人のひとたち」とも、一線を画してる人だと思います。

五味太郎さんは絵本を読んでるだけでもただ者でない感じがありますが、絵本じゃないエッセイのような本とか、あと絶望に効くクスリの五味さんの回とかを読んでいい男らしいと分かりました。
ただ、私のようにバイタリティが通常よりマイナス値の人間には、近寄れなさそうな感じがあります。存在が強烈すぎて。
それをいったらここで紹介した他の方々もそうなんですが。

ゴンこと中山さんは昔からいい男だと思ってましたが年取るにつれてますます。

2006年09月23日

サイトを更新しました。
何ヶ月振り(何年振り?)なのか恐ろしくて考えられないほどです。
といっても去年仕事で書いたイラストを今頃イラストのページに追加しただけなので、HTML上の作業しかしてませんが。イラストのページの「Boys」に一枚、「e.t.c.」に二枚、追加しましたよ。まあ中味はみんな年賀状イラストなんですが。
2006年用に書いた年賀状なのでわんこばかりです。
とある出版社の年賀状素材集の本のために書いたのですが、本には私の名前はクレジットされてません。
まあいいんですが。
友達には飼い主が散歩させてるイラストが評判よかったです。
実際にこれを使って年賀状作ったという人もいたようです。
私は…自分の分、全然出してませんが。ダメ人間。

それとバロック攻略サイトも更新しました。
サイトの更新自体は数ヶ月前にやってるんですが、攻略Q&Aを更新するのは実にえーと…4年振りくらい?
私としては一つのゲームの攻略サイトがこんなに続いているのが驚愕です。
やっぱりソニーがPS2でPSのゲームを遊べるようにしてくれたお影でPS時代のゲームの寿命が延びたというのが大きいんじゃないかと思います。PS3でもPSのゲームって遊べるんだろうか。といってもPS3買う予定当分ないんですが。PS2とDSがあれば当分充分ですよ…。まだ買ったけど遊んでないゲームも色々あるしね…。

バロックの攻略Q&Aは基本的なのからマニアックなのまでバラエティに富んでますが、私が答えられない質問でも誰かしらが掲示板で答えて下さるというのはとてもありがたいことだと思います。
そういえば世の中には質問専門のサイトとかもありますが、ああいう風にCGIなりPHPなり使って、質問と答えのやり取りをCGM(最近覚えた言葉)にすれば、いいんですかねえ。
それからバロックのサイトはレイアウトをテーブルタグで組んでるのですが、そろそろCSSとかを導入した方がいいのかな〜と思ったりも。
その前に本家(ここ)のブログのレイアウト廻りの不具合を修正すべきです(自己ツッコミ)

2006年09月19日

実はこのブログには特に書いてなかったんですが、私はこの春からとあるコピーライターの講座に通っていて、本日半年の講座が修了して修了式に行って来ました。
8月までは皆勤ペースで通ってたのですが9月の始めに体調を崩したので結局皆勤出来なかったのが心残り。まあしかたがないことです。

私は文章を書くというのを習ったことがなくてちょっと興味があり、それにとある退職した電通のアートディレクターという人にそそのかされたりして、講座に通ってみたのですが。いやあ、甘くないね! 自分の平凡さを改めて目の前につきつけられた、そう言う意味では意義のある半年間でした。

とりあえず転職したいなーと思って活動しようとしているところですが、今まで通りデザイナーで仕事を探すか、未経験可でコピーライターを募集してる会社を探し出して潜り込むか、すごく悩んでいます。というか今のままでは講座を修了したっていうだけで、何の実績もなく、力もないのは、自分でわかってるので。

実は前に読広と毎広には出したんだけど、全然かすりもしなかったんだよねー。
次回も挑戦してみようかなあ。

話は変わりますが、今日の修了式、いつもと変わらず普段着(Tシャツにズボン)でいったら、なんか修了書の授与式とかあって、中にはちゃんとした格好をしている人もいて、ちょっとしまったと思いました。春にカナダ大使館のエギゼビションに行ったときくらいの正装(?)はするべきだったかなあ〜と思って。
でもTシャツGパンの人は他にも結構いてまあいいかということになったのでした。

ところでカナダ大使館のエギゼビションというのは

この春にカナダ大使館の会場を使ってジョン・ハウのイラスト展があって、それのオープニングパーティーがあったのです。で、ファンにむけてハガキで参加者募集みたいのをしていて、友達が応募したらあたったのです。2名様一組の単位だったので、私も誘われたのでした。パーティーの前に先に絵を見ようと早めに会場についてみたらご本人様がいてちょっとしたサイン会状態になっていて、私もサインもらいましたよ。
本人にサイン貰う機会があるとわかってたら「漁師とその妻の話日本語版」持って行ったのになあー!

2006年09月16日

 ちょっとだけハリー・ポッターとエヴァンゲリオンと2ちゃんで読んだ厨房メール展覧会の話をする。

 常々人間が成長する過程で無条件の愛をくれる人(大抵の人にとっては親)の存在が不可欠であると思っていて、エヴァのシンジやアスカがあれだけ情緒不安定なのもひとえにそれが欠けているから、チルドレンの中でトウジが一番人格的に安定しているように見えるのも彼にはそれがあったからと思うわけです。無条件の愛をくれる人というのは、「自分の実際とは関係なく『あなたは特別な存在よ』と言ってくれる人」という言い換えも出来ます。

 ところで何かのリンクを辿ったか2ちゃんで漂ってたかしたときにたまたま「厨房メール展覧会」というスレのまとめサイトに辿り着いて、いくらか読んでいたのですが、そこは恐るべき世界でした。
 個別のケースの感想は略しますが、何十通分かの誰かに届いた厨房メールを読んで感じた全体の感想を言わせてもらうと、厨房のメールは大体こんな特徴を持ってる事が多いなーと思いました(勿論例外もあるヨ)。
・メールの相手(大抵なにがしかの個人サイトを開設してる人)に何か(イラストとか小説とか、時にはサイトそのものまで)を貰えるのは当然のことだと思ってる。
・その際にかわりに自分が何かを相手に提供しようとはかけらも思ってない。
・メールの相手は自分がいなくなったりそのサイトに訪ねていかなくなったら悲しむだろうと思っている。

 つまり「誰かが自分を楽しませるのは当たり前、自分がそれになにがしかの対価を払う必要はないのも当たり前」という何様だお前はみたいな思考回路を持っていることが多い。そしてそれに対して疑問とかももってないですね。

 何故そんな風にずうずうしいメールが出せるのだろうと思っていたのだけど、3つ目の特徴がヒントになるような気がします。自分が見てあげないとサイト主さんは悲しむ…なぜそう思うのか…。それは、自分は「特別な存在」だと思っているからではないだろうか。
 その人がネットサーフィンをやめたところでそれに気がついたりそれを悲しんだりする人はまずいないだろうと思われるほど「何もしていない」人間であるのに、何故か「自分は特別な存在である」と思い込んでいる人…それが厨房なんじゃないかとも言えるわけです。
(もしも、厨房じゃなくて、イラストでも文章でもそれ以外でも何でもいいんだけど、プロアマ問わず何かすごい才能を持ってすごいパフォーマンスをしていて、多くの人に支持されているカリスマ的存在だとしたら、事情は変わりますよね。そういう人がせっかく常連になってくれたのに、再訪されなくなってしまったとしたらそれは悲しい…という考えを持つ人がいてもおかしくない、という人もいるでしょう。でも、大抵、厨房が「リアルで特別な存在」である事はまずない。それに場合にもよるけどそういった「リアルで特別な存在」な人たち(つまり「神」)は大抵大人なので厨房メールみたいな内容の言動をすることはまずない)

 で、最初の方の文章の内容にここで戻るのだが、厨房がそういう思考を持つに至ってしまった原因はずばり両親に「自分の実際とは関係なく『あなたは特別な存在よ』と言われて」育って、自我が次の段階に発達してないからなんじゃないかなあと思う訳ですよ。

 そもそもなぜ人間が成長する過程で無条件の愛をくれる人が必要なのかというと、社会とか世界とか世間がせちがらくて辛くて生きるのが大変だから、そんな世間を勉強する過程で、せめて身内くらい自分に甘く優しくしてくれないとやってられないからだと思うんですよね。でもって安全地帯を確保しながら周囲をそろそろと冒険して免疫をつけて社会に出る準備や練習をする。RPGで、タダで回復出来るポイントを中心に少しずつレベルを上げるみたいにして。

 だからいつまでもその世界、つまり身内だけの自分に甘くて優しい世界にだけ埋もれていたのでは成長も出来ないし社会に出られる人間にもなれないのだが、多分厨房メールをよこすような厨房は「まだその段階の人」か「発育をしないでその段階のまま年をとってしまったか」どちらかなんでしょう。
 で、前者はまだ未来があるかもしれないのですが、後者はもうダメかもしれん。悲しいね。
 かようにして「特別な存在」というものには効能と弊害があると考えるに至りました。

 あ、ハリポタの話まで辿り着かなかった。また今度にでも。

2006年09月10日

計算問題得意でも文章題には? これが小中学生の実態

 計算は出来ても、文章題から計算式を導き出す力は低い——。文部科学省が所管する総合初等教育研究所が1日、発表した「『計算の力』の習得に関する調査」の結果から、そんな小中学生の実態が浮かんだ。

 同研究所は「文章題の意味を理解し、かけ算やわり算を正しく使って式を作る力が劣る」と分析。今後、教師の指導法を改善する冊子などを開発していく方針だ。

 調査は全国から抽出した、国公立の51小中学校、計1万1382人の児童・生徒が対象で、昨年3月に実施された。1985年、98年に続き3回目。これまでは小学生のみを対象としたが、今回は中学生も含め、計算問題だけでなく、新たに文章題も出題した。
(読売新聞) - 9月1日23時58分更新

ヤフーのニュースから転載。

以前このサイトで(ブログじゃなかったころ)こういう話題↑を出したことがあったと思うのですが、憶えている人は少ないかもしれない(昔だから)。
その時に書いた内容は、「子供のころ算数の文章問題が好きで計算問題が嫌いだったんだけど、人に聞いてみると、逆の人の方が多いっぽい」という話題でした。実際にレスを付けてくれた来訪者の方も「文章問題より計算問題の方がよかった」という意見だったし…。

なんでなんだろう。
だって計算問題って、4列3行並んでたら、12回も計算しなきゃいけなくて、しかも一つの問題につき貰える点数は微々たるものなんだよ?
でも文章問題は上記の計算問題と同じくらいのスペースを使って、計算はせいぜい1〜3回程度で答えが出せて、しかも貰える点数も多いんだよ。
すごくお得じゃん!! 言ってみれば、文章で穴埋めをしておいてくれてるようなもんだよ?
これはもう、サービスと考えてもいいくらいだと思うんだが。

なんでだろうなあ。絶対お得だと思うんだが、文章問題。文章読むのが苦手だからという理由なのだとしたら、それはもう算数の問題じゃない。国語の問題じゃないか。みんな、国語はちゃんと解けてるのか? 文章問題不得手な人たちは。ちなみに私は算数よりむしろ国語の方が得意でした。

2006年09月02日

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