通過儀礼の物語として「SAW」を読む
SAWを見ましたよ。面白かったですよ。サイコスリラーサスペンスホラーというのでしょうか。ジャンルがよくわからん。怖くて陰惨なお話です。でも面白かったですよ。怖さや陰惨さが面白いわけじゃないです。まあそこがいい人もいるだろうけど。怖いのや陰惨なのにある程度は耐性があるという人で、面白い映画が見たいという人にまあまあお薦めな映画です。あまり期待させるのもなんだからな。
で、内容に関してはネタばれなのでこれから見る人は読まないでね。
まずネタありきな映画なのでこれから私が書く考察は穿ちすぎかもしれません。でもまあ、そういう見方もある程度に読んでくださればいいかと。
この映画の殺人鬼「ジグソウ」は生に感謝しない人間に腹を立て、そういった人間たちにそれぞれに相応の試練を課す。といってもとうていクリアできるとは思えない厳しいものばかりで、大半の人間は途中で力つき、息絶えてしまう。生還者はアマンダという女性一人だけ。しかしアマンダはジグソウのおかげで生に感謝することができるようになったと彼に感謝までしているのだ。彼女は麻薬中毒者だった。そこまでは語られていないがおそらく、彼女はジグソウの試練の後、麻薬に依存することもなくなったのだろう。
映画自体はジグソウの罠(試練)に嵌められた二人の男がなんとか逃げ出し状況を打破しようとするというものでアマンダの話はサイドストーリーなんだけど、私は彼女絡みの話でなんとなく山岸凉子の漫画に通じるものを感じた。
山岸凉子の漫画だともっとジェンダーの問題に寄ってるけどね。
色々な形で試練や困難が前に立ちふさがる。山岸の漫画のキャラクターはそれを経験することに寄って緩慢な生き方を改めたり、世の中を知ったり、場合によっては伴侶や生涯の仕事を得たりする。「アラベスク」とか。この試練が激しいものだと「鬼来迎」、緩やかなものだと「雨の訪問者」になる。
でも試練を乗り越えることが出来なかった人たちも山岸の漫画にはたくさん出てくる。
たとえば「天人唐草」や「黄泉平坂」の主人公たち。「汐の声」や「メデューサ」もだな。本人は乗り越えることが出来たけど、その頃既に世界は終末を迎えるところだったっていうオチのもあったな(タイトル忘れちゃった)。
ようは成長、通過儀礼の物語なわけで、漫画には珍しくないテーマなんだけどね。
で、SAWはその通過儀礼の試練を一人の殺人鬼が能動的に他人に与えまくってる映画だなあと思ったわけ。
通常こういった試練は物心ついたころから成人するまでの間にもっと死なない程度の緩やかなレベルのものを親や社会から与えられて、そして大人になっていくのだと思う。でもそういったものが上手く機能しないような状態で成長し、健康だったり経済的にも恵まれてたりと何の問題もないのに、生に感謝しないで、自堕落で問題を抱えた生き方をしていると、ジグソウが来ちゃうんだな。
私もジグソウに殺されないように生に感謝しながら生きないといけないなと思いましたYO!