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漫画の感想です。映画とアニメは見ていません。
今ネットで調べたのだけど映画はワタリおひょいさんとか総一郎鹿賀さんとかレムピーター(声)とか、キャストすごいですね。ちょっとみたい。アニメはリューク中村は映画と同じキャスト、松ケンみたいに映画にも出てる人というキャストで、他のキャラは最近の声優さんとかなのかな。そんな中、LMNの3人のキャストがガチな感じなのが気になる。ガチというか…少し前の年代で大活躍してたヴェテランさんで固めてますよね。

12巻までのネタバレを含み13巻は読んでません。基本的に楽しんで読みましたが、登場人物に対して好意的な感想ばかりではないのでそこだけご注意を。

死に神の持つ超常の力をノートという形にして人間に使わせたらどうなるかという壮大な思考実験といった物語で、そこここにある「そののために作られた」ような設定は最初の成り立ちからしてそうなのだからしょうがないのだろう。そんな細かいところは気にせず月やLたちの特殊な頭脳戦の攻防を楽しむ作品なのだというのは分かっているが、好みでいったらGS美神さんみたいな「忌み嫌われているが実際は神に仕える農夫で意外と慈悲深い存在」な世界観の死に神の方が好きです。まあその設定では絶対にこういう話は生まれないので、あれはあれ、これはこれなのですが。

私の好き嫌いはともかく、とても斬新な主人公設定で確かにある種の魅力はあるのだと思うしすごいと思うところもあるのだが、いかんせん私は考え方としてははっきりLやニア側の人間なのでどうしても月に感情移入は出来ないです。特にワタリとLを殺してからはただただ「あー早くこいつ悲惨な結末に見舞われないかなあ」と思いながら読んでいました。

初期の頃は月対Lの対立という構図の中で、よもや月みたいのを容認するようなことにならないだろうなとちょっと警戒しながら読んでいたんですが、それは作中人物の台詞などによって作者側のスタンスとしては早々に否定されたので良かったです。それがなかったら最後まで読まなかったかも。さすがにそこはちゃんと考えてますよね。

そもそも死刑制度の是非なんて問題じゃなくて、大量殺人の是非みたいな話だし、そんなのは非に決まってます。その辺どれくらい月たちの行動原理に説得力を持たせるかだけど、結局若さ故、言い方としてはいいかどうかわからないけど「中二病ゆえ」としか言いようがないんですよねえ。いや、中二病の人がみな大量殺人を望んでいるとは言わないしそんなことはないはずだけど、でもまあ月の正義感や考え方はその年代特有の世間知らずさと過激さによっていると言わざるを得ない。
そういう連中が本当に殺傷能力をもったら…という思考実験でもあったわけですね。

作中のキラ指示派の人たちは思考力がない。キラの新世界というものが何をもたらすか分かってないし想像も出来てないって事だと思います。キラ本人もそうですね。自分自身が頭脳の明晰さをもって神の裁きを代行し続けたとして、その明晰さはいつまで続くのを保証してくれるというのか? もちろん今は若くて力もあっていつか自分が様々な理由でそれを損なう、失う日がくるなんて考えもしない、思いもよらないのだろうけど。そもそも今までの人類の歴史で何人の人間がキラと同じような動機あるいは大義名分で大量殺戮をしてきたと思っているんだ。そんなようなことを色々考えると月はああなるべくしてなったんだなーと。そういう物語なんだなーと思います。

話は変わりますがLやニア及びその周辺の描写が結構好きでした。推測に過ぎないけど二人ともある種の発達障害を持っているという設定にしてあると思うのだけど、そういった症状の非社会的な部分を矯正しようとしていなくてそのまま許容していて、頭脳や推理力といった能力を最大限に揮える環境を周辺が作っているというところが、なんというか、良いといおうか羨ましいといおうか。
ワタリの趣味は天才児の発掘と英才教育だね。

2008年10月31日

raiho.jpg
ちゃんと発売日に届いたのはいいのですが、事情があってまだプレイしてません。残念。
早く遊びたいです。

2008年10月24日

「高級ブランドなどのニセモノ購入、52%が「仕方ない」」という記事をYahooニュースで読みました。その感想。

「仕方がない」の意味がわからない。自分がニセモノを買えるようにしておいてもらうためには仕方がないってことかな。
そもそも仕方がないという人って、なぜそれがダメなのかが分かってないんじゃないかと思う。禁止されているからダメなんじゃないんだけど、「禁止されているからダメなことだけど、やろうとする人がいても仕方がない」ってところなんじゃないかな。
横領や窃盗、傷害や殺人と違って、権利の侵害は悪いということがわかりにくいのかもしれない。やってることは横領や泥棒と変わらないんだけどね。
記事の引用をしてみますが、容認する理由としてはこう。


『調査は今年9月、全国の20歳以上を対象に1770人から聞き取りで行った。ニセモノの購入を容認する理由としては「正規品より安い」「公然と売っている」「正規品にはないデザイン・仕様の品がある」が多かった。「購入すべきでない」との意見は、前回の47・4%から39・9%に減った』

まったく容認する理由になっていないものばかりだよね。正規品より安いのは正規品ほど「ちゃんと作っていない」「それを作るのにかかった開発費や、そのデザインに至るまでに費やした試行錯誤などの手間賃などが付加されてない」からで、だったら安いのを売りにすればいいのであってそれを「ニセモノのブランド」として作る必要はない。そこでニセモノにしてるのは「高いけどちゃんと作ってる元のブランド」の「信用」を泥棒していることになる。

「公然と売っている」に関しては「赤信号みんなで渡れば恐くない」と同じ論理。赤信号でみんなが渡ってるからという理由で信号無視をして交通事故を引き起こしたときに、「みんな」がその責任を分担してくれる訳ではない。あくまでおのおのが自己責任で犯罪行為を行っていたにすぎないこと。「仕方がない」の理由には全然なっていない。調査は20歳以上に聞き取りしたということだけど、こんな小学生くらいしか使えないようなことをいってる人がいるというのが信じられない。

「正規品にはないデザイン・仕様の品がある」これは最初のやつとおなじで、それだったらそういったデザイン・仕様を自分のブランドで商売すればいいだけのこと。ニーズがあって、ちゃんとした品物を作れるなら売れて儲かるだろうから、そっちの方がいいだろう。偽ブランドとして商売をする必要はないのにそれをするというのは、元ブランドの信用を…ってもう書きましたよね。はい。

ブランドというのは信用を売っている。その信用は一朝一夕でなるものではない。いい商品を作り続け、売り続け、顧客に対して誠実に向き合ってきたという積み重ねです。
偽ブランドはそういったものを盗み、まじめに商売をしている人たちの商売機会を損ね、世間のモラルを下げています。

偽ブランド商品を偽と知っていて買う人は、その商品そのものの価値を知らず、その商品が受けている世間的評価を、自分の所有物として身に纏いたいだけなのだろうなと思う。だから安い方がいいのだ。頭が悪いし、見る目もなく、誠実でないだけでなく、偽ブランドというものを容認している段階で犯罪の片棒を担いでいることになるのだが、本人にはそういう自覚がないのだろうな。

偽ブランド商品を偽と知らずに買っている人は、そのブランドの直営店以外で買うのをやめた方がいいですよ。特に安売りのやつはニセモノですから。
安い方がいいって? だったらあなたは「偽ブランド商品を偽と知っていて買う人」の仲間入りです。安く売られているものが本物のブランドの品でないことが見抜けない(見る目がない)のであれば、本物を買うにはブランドの店で買うしかない。それがいやなら犯罪者の片棒の方ですよ。自分だけは見抜ける目があるとか思っているんでしょうか?

「偽ブランド商品を偽だとは知らずに本物だと思って買う人」って、「本物と偽物の区別がつかない」上に「本物が何かの事情があってどこか別の場所で安売りされる場合がある」と思っていて、「その場合自分は絶対にニセモノをつかまされない自信がある、自分はそれを見分ける力があるのでだまされないと思っている」ってことかなあ。それは自己評価が高すぎやしませんか?
「本物が何かの事情があってどこか別の場所で安売りされる場合がある」機会がゼロだとはもうしませんが、そういう機会だと偽っているニセモノである場合が大半だと思うよ。でも自分だけは特別だと思っちゃうんだろうなあ。振り込み詐欺に自分だけは引っかからないと思いながらだまされてしまう人みたいに。

ここまでながながと書いてきましたが、じゃあ私自身はどうなのかというと、勿論ニセモノ買いませんが、本物も買いません。高級ブランドというものに興味がないんです。特に自分の虚栄心のために買おうと思うことはありません。今後ももし買うことがあったとしても、虚栄心のためではなく、その品が気に入ったから、その品が何かの事情で必要となったから、という理由になると思います。だから買うときは直営店です。
偽ブランド商品を、それが「何かのニセモノとして作られている事を知らずに」買ってしまうことはあるかもなあ……ブランド詳しくないから、見ても「何かのブランドを模している」ということに気がつかないことはありそうだ。気をつけないとなあ。

2008年10月24日

たかばさん、めっきり来訪者がいないものですから、気がつくのが遅れて申し訳ありませんでした。
おすすめの「眠ル繭」気になります。チェックしてみますね。
といってもアマゾンだと中古販売になるみたいですね。ムムム。
ネットでちょっと検索してみてみようかな…。
書き込みありがとうございました〜!

2008年10月21日

小学生の頃音楽の授業で最後にクラシックの音楽を流すだけの音楽鑑賞の時間があった。
クラスメートの反応を見る限り、その音楽鑑賞は人気がないようだった。
「クラシック=つまらない、古くさい、面白くない音楽」 という「認識」があって、小学生たちはそういったものを「好かない」という「思い込み」があって、その偏見と思い込みに従って、「授業に対していやがってる態度を取る」子供たちが多かったように記憶している。

ではどんな曲ならみんながいやがらないのかといえば、最新流行のJ-POPだったり、子供が相手であればアニメやゲームのサントラであったり、あるいはロックとか洋楽という子もいたかもしれない。

私は当時クラシックの音楽を聴くのが大好きというわけではなかったけど、授業という機会があってそのときに鑑賞するのは悪くないと思っていた。それにみんながいやがるほどつまらなかったり、古くさかったり、面白くないとは思わなかった。

どんな環境のクラスだったかは人によって違うと思うので一概には言えないと思うけど、クラシック音楽を鑑賞しますといったときの一様な小学生たちの嫌そうな雰囲気、分かりませんか? そんな文化度が低い小学校ばかりではないのかな。

今思うとあれは、大人から押しつけられたものに対する反発心にすぎなかったんじゃないか。
実際はクラシックというのは時間が淘汰した結果残った曲ばかりな分、まだそういったことがない最新流行の曲より全体的にクオリティが高いわけですよ。

偏見や思い込みをなくして聞けば、その中には自分が好きな曲もあるかもしれない。
偏見と思い込みでもって、ものごとを色眼鏡で見ることによって、そういったせっかくの機会を見逃してしまうこともあるんじゃないか。

長年生きてきて身にしみてしまった偏見でなくて、まだ生まれて数年しか経ってない小学生たちにもそのようなことがあるんですよ。
いやむしろまだ人生経験が少ない分身近の矮小な情報に簡単に洗脳されてしまうのかもしれないけど。

まったく偏見や思い込みを無くすことは不可能かもしれないけど、なるべくそういったものからは自由であった方が嬉しいなと思うのです。
上記のニコニコは私が好きな曲です。

2008年10月19日

今更なんですが、少し前からpixivやってます

自前でサイト持ってるなあ…と思ってたんだけど、どういうわけかpixivについつい絵を投稿してしまったりするんですよね。あと自サイトに上げてる絵くらいしか晒せるような絵はないよなあと思っていたけど、意外と自サイトに上げてない絵をあげることが多いんですよね。カエルの絵とか。もう何年も自サイトに絵のコーナーがあってもそこに何かをアップする気がなくなっていたっぽいことに気がつきました。なんでですかね。まあ私のサイトは見ての通り常に停滞中ですからねえ。mixiにあげたりしてましたね、最近。

そんなわけで今あげてるサイトの絵を全部pixivに移したらもう自サイトの絵コーナーいらないんじゃないかなと思いつつ、さすがにそこまではしないと思います。
うーんpixivと自サイトの使い分けがいまいちわからない。

上の絵は壁紙であげてるライドウの絵のキャラ部分のみをpixivにあげたものです。

2008年10月05日

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