日本の教育について勝手に考えるシリーズ
教育を現在進行で受けてもいないししてもいない門外漢の私が勝手にあれこれ考えます。
以前からたびたびこのブログでも、ブログになる前のサイトでも言ってる、「算数で計算問題と応用問題どっちが好きだったか」という話題。
私は応用問題の方が好きだったしみんなそうだろうと思ってたら実は少数派だったという話題です。
なぜそうなるかを考えてみました。
ちなみに私が何故応用問題の方が好きなのかについては、この辺に書いてあります。
考え方の違い…というより、問題として出される文章を読解出来るか出来ないかの違いなんですよ。
そうなってくると、算数じゃなくて国語の問題ですよね。
で、国語の読解力を伸ばす授業とかは、どうなってるのかと思ったわけです。
そんななか、友達とか、人づてで、こんな話を聞きました。二つほど。
その1・出版関係の業界の人の話。
障害者で、子供の頃はこんなだった、という回想録的エッセイの本を出版した。
同じ障害を持つ大人から「この障害を持つ成人はこんな子供っぽくない。バカにしてるのか」みたいなクレームみたいな感想が来た。
この読者は「子供の頃の話である」という本の大前提を全く読み取っていないらしい。
その2・オタク系のイベントを主催してる人の話
サイトのFAQに書いてあるのと全く同じ内容の問い合わせが来る。
その問い合わせをしている人は、全くサイトの文章を読んでいないらしい。
これらは極端な例なのかもしれませんが、こんな風に全く文章を読んでいない、あるいは文意を理解していない成人が少なからずいるらしい、ということです。
あるいは、これらの人たちは、自前の立派な脳みそでは、自分の脳内で考えていることを処理しているだけで、自分の外部にある事象がどんなことを示しているのかを理解したり、把握したりするってこと自体がないような感じです。
こんな人たちからしたら、そりゃあ文章問題は解けないだろうなあと思います。
計算問題はとりあえず解けばいいですから、誤解の余地がほぼないですからね。
でもこうなってくるともはや算数や国語といった義務教育の担当する範疇ではなくて、精神科医とか心療内科の分野のような気もしてきました。あれっ、おっかしいな〜…