「Club SLAZY The Final invitation ~Garnet~」

2016年12月7日から13日まで品川プリンスホテルクラブeXで上演された「Club SLAZY The Final invitation ~Garnet~」を見ました。
このブログは割と前からSLAZYの記事があるので来てる人は知ってると思いますが、一応説明いたします。
「Club SLAZY」と名のつく作品は、舞台はこれが6作目です。ナンバリングされていない第1作目(通称「無印」)2nd3rd4thと作られた後、「Club SLAZY ~Another World」というナンバリングされていない舞台が上演され、その次が今作。これで全6作です。「Final」とついている以上、このシリーズはこの6本目で終了ということでしょう。

この作品は制作会社がDVDを販売してますが、ハリウッドの大作映画などと違い制作規模が小さいので、単価が高いです。アマゾンでちょっと値引きされていても高いですし、制作会社の直営通販サイトで定価だともっと高い。
だから今からいきなり6本まとめ買いしなよ! と気軽に言えるようなものじゃない。気軽にオススメは出来ない。
好みとかあるしね。
でも私は「Club SLAZY」が大好きです。全作DVDを持っていますが、全部お値段以上の価値があるタイトルだと思っています。CDも全部持ってます。これも素晴らしいです。

話がずれました。舞台の感想が書きたかったんですが。
ネタバレ配慮とかではないんですが、この記事では内容とは直接関係のないことしか書きません。
この作品を見た後、私は強い情動を感じたのですが、それは「面白い!」とか「すごい!」とか「好き!」とか「大好き!」とか「愛してる!」とか「最高!」とか、そういうようなことです。
そういうことを強く感じました。
でもそういう、言うなれば「情熱」は、持っていく場所がないんです。私はプリンスホテルの劇場で、この作品に打ちのめされ、でも、そういうのって、こうやって説明しても私が受けた衝撃を伝えることって出来ない。出来ないんです。

それで、私は、「何故人間は表現をするのか」が分かったのです。
説明しても伝わらない自分の情熱、パッション、感情、情動、そういうものを他人に伝えるために、あるいは伝わらないとしても、自分が後から見直した時にその時に感じたことを思い返すきっかけとなるように、人は表現をするんです。

世の中にはそういう動機で創作をしている人だけというわけではないでしょう。
でも私は「そういうもの(創作)でしかその時自分が受けた衝撃を表現出来ない」と思ったんです。評論してもいい。それ以外のテキストでもいいし、絵でもいい。詩でもいい。歌でもダンスでもいい。とにかく、そういうものでないと、この「何か」を「何とか」出来ない。出来ないんです。

私はすごく長くオタクをやってて、仕事ではやってないものの趣味でイラストを書いてはいて、自分のイラストの表現力のなさや完成度の低さは分かっていて、でも別に趣味でやってて誰も困ってるわけじゃないから問題は特になくて、そういうのを踏まえた上で、あまり上手くないのもあって絵を書くのは実は私にとっては結構しんどい。それなりに気力があるときでないと書けない。だからなんで絵を書くの? という疑問は常にありました。私にとって何かを表現すること(この場合は、例えば、絵を書くこと)はハードルが高くて、でもどうしてそれをするか分かってなかった。ようやくわかりました。この「伝えようがない何か」を「かたち」にするためだった。

Final invitationを見てそれが分かりました。
Club SLAZYという作品は最終的にはそういうことを私に分からせてくれました。

私は「Club SLAZY」が大好きです。

バカだなあ、私は。本当に。こんなに長くオタクをやってて。今までたくさん色々なものを好きになって。愛してる作品もいっぱいあって。お金も時間もたくさん使って、でもそれ以上のものをもらってきました。私の表現力では多分一生かけても私がもらった分以上を世の中に返すことはできないと思うんですけど、何しろ今そのことに気がついたくらい頭が悪い、というか勘が鈍いので。
でもそのことに意味がないとは思いません。自分の体験は自分だけのものです。他人の体験は自分のものにはできない。自分にしか自分がわかるということの意味がないのです。

内容と関係のない、とても個人的な感想、終わりです。