「脳の国のDr.シナプス」千穐楽

4日は脳の国のDr.シナプスの千穐楽を見に行きました。
私は事前にチケットを取っていましたが、友達2名は前日までの公演を見て急遽楽日鑑賞を決めたらしく、当日券を買っていました。というわけで今回は3名の友達と鑑賞。
1度目と2度目は見方が変わるものですね。色々と知っていてもろもろ踏まえた上で見ていると役者の演技もまた違って見えてきたりもして。面白いです。
私は昔は演劇は一つの公演は一度見に行けばいいと思っていたのですが、今は見られるだけ見たい。出来れば全通したいね! 時間的にも経済的にも無理なので出来ませんが。
でも複数鑑賞当たり前になってきました。こわー。
芝居が終わった後のカーテンコールでIKKANさんが挨拶すると、一番最後はとりあえず(?)堀川さんに振るんですよ。
というか多分IKKANさんは単にドラゴンボールファンなのではないかという疑いがある。
なぜなら毎回明らかにベジータをやってもらっているのだ。
この場合の毎回というのは私が見たときは毎回という意味で、私が見なかった回を見た友達からは、アンドロメダ瞬の回もあったと聞きました。それも聞きたかったな。
ていうかやっぱりIKKANさんは単に漫画とかアニメとか好きな人では。
観客としては堀川さんが舞台で何かやってくれるというなら「ラインハルトやってほしいなー」とか、色々思うところがあっても心に秘めているというか。言えないじゃないですか、やっぱり。なんか、失礼なんじゃないかなーとか思うし。
でもその辺IKKANさんは違う。遠慮しない。だから毎回やってもらっている。というかいいたくても言い出せない観客に代わって言っておかなくてはという使命感があるのかもしれない。無いのかもしれない。それはわからない。
それはともかく、舞台が終わった後に友達とご飯を食べてから帰ったのですが。
上記のラインハルトもやってもらいたかったねえという話の流れで。
「でもラインハルトって決め台詞ってあったっけ?」と私が言いましたら友達のKさん(仮名)は
「あるじゃん、『キルヒアイス、俺は宇宙を手に入れる事が出来ると思うか』ってやつ」と言いました。
いやでもそれさ、キルヒアイスの返答前提の台詞じゃね? それきたら今度は広中さんも必要じゃね?
と言ったら「大丈夫私が代わりに言うから。「ラインハルトさま以外の何者にそれが適いましょう」って」
……って、Kさんあなたそれ自分が言いたいだけでしょう。
そんなKさんはON/OFFファンです(関係ない)。
話が芝居本編と全然関係ないですが、そんなの気にしません!
でも本編の話に戻します。
このお芝居を観ていてひっかかる、気になる場所が一つだけありました。
最期の入院しているサズクとヒロトの会話です。
沖縄でのレースでの出来事があってから、成長譚だとしたら、ここでキャラクターの変化を描くべきですよね。
んでまあ明らかにふっきれてる人たちとかもいるわけですが(ねーちゃんとか)。
サズクは結局なんだったのかなあ。真っ白になってたのが、Dr.の助けを借りなくても選択出来るようになりましたということなのか。
最期にロングバケーションだかサマーバケーションだか、人生一生バケーション気分で乗り切ろう的なことをヒロトに勢いよく伝えるわけですが、それがこのドラマで彼が得た物というか、成長した部分というか、そういうのと特に関係ないような内容のことを語っているように思えてならんのです。イマイチまとまってないというか。
芝居も最期だから主人公が何か良いこと言って終わるぜ! っていう勢いだけはすごくわかるのですが、肝心の内容が私には届かないのです。いや、彼らがとんでもない経験を通じて変化したり成長したりふっきれたりとか、そういうことが起きているなあというのは、わかるんですよ。わかるんですけどね。
あと、作品自体のテーマも分かるんですよ。選択の積み重ねで取り返しの付かないことになっても諦めちゃだめだ、とか。あとはまあ、一つ一つの選択が大切だとか。まあ、そんなようなことだ。分かる。
間違った選択を、結局彼はリカバー出来たのか?
そんなようなのがテーマだと思うのです。
そして必ずしもテーマを全て消化しなくてはいけないということもないのでしょうが。
なんか最期のサズクの長ゼリに関しては、ちょっと的を外しているような気がしてならなかったのが気になるところなのでした。
何かもっと書きたいような気もするのですが、とりあえずこんなところにしとこう。
面白いお芝居でした。
DVD化してくれないかなー。


「「脳の国のDr.シナプス」千穐楽」への2件のフィードバック

  1. 初めてコメント致します。
    舞台は楽しめたものの気分的に今一つスッキリしないので、他の方の感想を読みたくてブログを探していてここにたどり着きました。
    ああ成程・・と答の一つが見つかった気がします。ラストが弱い、もしくはピントがほんの少しズレているんでしょうか。
    他にも私は(どうしても好きな役者中心に観てしまうので)ヒロトの想いがこれからどうなってしまうのか気になっています。
    好きな相手が自分を助けるために命をかけてくれて爽やかに青春して幕が降りたけれど、惚れた相手が自分を友達としか思っていないって結構精神的にきついと思います。男女ならひょっとして今後恋愛に発展の可能性もありますが同性ですし・・

  2. いらさいませ。コメントありがとうございます。
    好きな役者中心といえば私も同じくヒロトです。1度目に見たときは「大団円とはいえ、男同士でしかも相手があれじゃあなあ……どう考えても無理だよなあ」と思っていました。2度目に見たときは最期まで見ると「結婚しちゃえばいいじゃん」と思いました。日本、結婚できないですけど。なんですかね、この心境の変化。
    しかし普通に考えたらおっしゃるとおりキツいと思います。まあそんな彼らでもどうにかなりました、あるいはどうにかなりませんでしたとなったらそれはそれで一つお話が出来てしまいそうです。が、多分それはもうこの芝居のメインテーマとか書き手が書きたかった何かとはずれていってしまった、全然別の話になってしまうのではないでしょうかね。世に言うスピンアウトというやつでしょうか。
    私も、あまりそういうのが見たい訳じゃないなあと思います。ただ漠然と「本人覚悟してると言ってるけど、多分それ以上に多難だぞ」と思う程度です。
    思えば物語の大半で圭がヒロトに対してとっていた態度が世の中の同性愛に対する差別そのもので、そういう意味では思い人が鈍感すぎるということ以上にヒロトには大変なことが多いのだと思いますが。私は同性愛者に差別はないので、真相を知ってからも圭の態度は「おいおい拒否りすぎだろ」と思ったものでしたが。多分私の方が少数派で、世間的にはあれくらいの理不尽さが待ち構えているのだろうなとも思います。
    でもそれも多分本筋とは違うんだろうなあと思うのでした。
    見た人にこんな風に色々考えさせるのが脚本家の意図なのだとしたら、それはそれで成功しているのかもしれません。

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