マニュアル車を操作してるという喩え

ADHDの人がどういう状態かを説明する喩えに「マニュアル車を運転している」というのがあります。
健常発達の人はオートマ車なわけです。
この喩えを使うと、免責事項の2番目の項目についてもわかりやすく説明出来ます。つまり

「『縦列駐車が苦手』? そんなの誰だってそうだよ。私も苦手だよ」
「そりゃオートマ車だって縦列駐車は大変だろうよ。でもマニュアル車は大変さが全然違うの。それ分かって言ってる!?」

子供のうちはADHDの傾向がある子が多いけど、年を経るにつれて数が減っていくというのも、これで説明がつきますね。
オートマだろうとマニュアルだろうと運転し始めは運転手がなれなくて上手く制御できなかったりする。でも、オートマの人は大人になれば上手く出来るようになる。マニュアルの人は大人になっても上手く出来ないままの人が少なくない。

現実のドライバーはマニュアル車とオートマ車を選んで乗れますし、後から乗り換えることも出来ます。発達障害の場合は本人が選んだわけでもなければ乗り換えることも出来ない。逆にオートマの人がマニュアルに乗り換えることも出来ないです。そういう状態のことに対してADHDという名前をつけているので。乗り換えようと思ったらできた場合は、それはADHDって言わないの。

車の仕様がマニュアルでも、運転手の側が運転になれて一見してオートマ車に乗ってるかのような人もいるので、注意が必要です。
そういう場合は、本人が普通以上に疲れていたりする。無意識レベルまでに自動化していたとしても、処理すべき事柄が多いため消耗するんです。消耗しても大丈夫なくらい元々の体が頑強な人は、それはそれでいいんじゃないでしょうか。問題が発生してないわけだから。私は体が弱いので羨ましいです。

この喩えは当事者でもすとーんと腑に落ちるし、多分健常発達の人にもイメージしやすいんじゃないかと思います。今後も使っていこう。

ちなみに私のリアル自動車免許はオートマ限定です。自動車の運転くらい自動化させてくれさい。


前書きみたいなやつだ

免責事項も合わせてお読みください。

Twitterにて「ADHD」で検索すると「うつだ/しのう/つらい/どうしようもない/じぶんが悪い/またしくじった・やらかした/もうだめだ/つらい/いやだ」といううつ状態の人のつぶやきが沢山あるというか日本語で読める範囲でいうとそれしかない。他の呟きあるのかもしれないけど完全に埋もれてる。
うつの状態の人がそれをつぶやくことで気分が少しでも軽くなるのなら吐き出す場としてTwitterを利用するのはとてもいいことだと思うのですが、その一方検索の結果がこれだと「もしかしてADHDかもと思った」とか「ADHDっぽいと言われた」とか「ADHDを診断された」人が検索したときに「もう人生をこの先面白おかしく過ごすことは出来ないんだ」と思ってしまうかもしれないという危険があります。今もうすでにそうなってるかもしれない。
それでは俺らがあまりに気の毒だ。

という理由でたまにTwitterでADHDについてつぶやきます。

●追記
こんなノリです。

あと、最近フォロワーの人に、ADHD当事者としての感覚を教えてくれないかと言われ、そういうの伝えられるなら伝えてみたいな〜と思ったというのもあります。

書くの大変だからちょっとずつ書くつもりだし、突発的なつぶやきは今みたいにしていくとおもいます。
で、免責事項あるよな、あらかじめまとめてくか、ってのがアレ
いちいち断り書き入れるの面倒なのでこの話題について私とやりとりする場合はあれ見てるの前提にしますね。
Twitterのアカウントに関しては何かの専用にする気がないのでADHDについてもたまにしか言わないと思うし、言い始めたら滝のようにつぶやきます。ADHDだからね。ADHDのことを知りたいだけでフォローするとTLが濁流になるぞ気をつけろ!
よろしくお願いします。


免責事項

TwitterなどでADHDについて書くことがあるのですが、毎回書くの大変なので、まとめてURLだけ貼って「読んでおいてください」って言う用にテキストをまとめようと思ってまして、これです。

個人の感想です
私のことしか語ってません。ADHDは外への現れ方も感じ方も影響も個人差があるのですが、私が言ってることは、私のケースに関して個人的に感じたところを述べているだけです。代表として所属している何かのことを述べることはありません。みんなこうですよということはありません。
「みんなそうだよ」という言葉は予めお断りします
「私もそうです」「みんなそうですよ」「みんな同じです」「みんな苦労してるんですよ」「それが当たり前です」「それは普通です」といった言葉はお断りします。そういうリプライや返信でしたら、つけなくていいです。
ADHDは「誰でもあるようなことが度を外ししていてそのせいで人生に苦難をもたらしている」場合にくだされる診断なので、ADHDの苦しみについて語れば、「それは私もあるよ」とか「誰でもある」と言われても何の不思議もありません。
ですが、私の苦しみとあなたの苦しみは違います。
私の抱える困難さとあなたの抱える困難さは違います。
みんなと同じだから苦しくて当たり前という考え方もお断りします。
みんな同じならみなで楽になったっていいはずです。
話がずれました。
困難さに度合いがあるのでそれの強い人が苦労してたり苦しんでいたりするという話なので、他の人も同じく苦しんでいるという言葉はここでは何も意味を持たないどころか相手によってはそれ自体が不快になります。今まで散々その言葉によって打ちのめされ傷ついてきました。
「私が不快になるから謹め」という気はありませんが、不快になることだけは表明します。
●追記
この項目に関連した喩えを記事にしてみたので、読んでください。
理屈っぽく、うるさいです
屁理屈をこねていると取られても気にしません。そういう性質です。
自分でもうるさいと思ってます。
一つ上の項目みただけでわかるだろ! 自分でもうるさいって思ってるんですよ!

適当に項目増えたり減ったり書き直しとかがあるかもしれないというかきっとあるね。きっとある。

●追記
ゆうメンタルクリニックさんが「まんがで分かるADHD」を始めたのでこちらも必読といたします。


あーめんどくさいめんどくさい

このブログはカテゴリーに「不注意優勢型」というのがあって不親切にもなんの説明もしてなかったけど、簡単に解説してみますよ。
注意欠陥・多動性障害(AD/HD)という発達障害の中の型の一つですよ。
障害なんすかね? これ。いや、正直私も自信はあまりないんだけど、これのために実生活で困ってたら(障害が生じていたら)、障害なんだってさ。ふーん。
この障害に関する書籍を翻訳してるニキ・リンコさんはアスペルガー症候群(自閉症の一種)という別の発達障害を診断されていて、AD/HDであってもアスペルガーを診断されてるとAD/HDの診断は降りないんだって。でもリンコさんはAD/HDでもあるらしいんだけど。
リンコさんの書籍の中に、他の方々と鼎談してるのがあって、それによるとリンコさんは生まれ変わっても自閉っこになりたいらしいのだが、私は生まれ変わっても不注意優勢型でいたいと思う程AD/HDに愛着もってないよ。むしろ辞退したい。自閉症とAD/HDでは違うものなんだろうけど。
AD/HDを診断されたときに、自分の性質の大半がAD/HDによるものだということに気がついたんだけど、かといって、じゃあ私自身からAD/HDの部分がなくなったらどんな人間になるのか、想像もつかない。
でも診断から大分経ってから改めて考えてみると、もしかしたらAD/HDとは関係なかったのかもしれない。
つまり私の性質や性格のどの部分がAD/HDに由来するもので、どの部分がAD/HDと無関係なのかなんて全然わからないわけ。多分そんなにすっぱり区別出来るものではなくて、ものすごく複雑に入り組んでいるのではないだろうか。
とりあえず私の性質・体質で疲れやすいところと、ナルコレプシーに関しては、AD/HDと関係ないだろうしな。


失敗

先日失敗をした。脳内で神経伝達物質がさかんに放出されてるときって頭にそういう感覚あるよねといったら誰にも同意されなかったのです。職場で。
以前職場で別の人に私は不思議ちゃんキャラだと認識されているという話を聞いて非常に不本意だったのですが、こういう話をするからそう思われるんじゃないかと思い、話をしたこと自体が失敗だったと後悔しました。
(ちなみに頭蓋骨の内側、脳みそには知覚能力はないそうで、いわゆる頭痛も外側が痛いんだね。多分)
私がそういう感覚を持っているのもちゃんと根拠があって、以前AD/HDおよびナルコレプシーの薬としてリタリン(メチルフェニデート)を飲んだ時に、毎回毎時ではないけど頭に弱くぴりぴり来る感覚があり、そういえばこれと同じ感覚は以前にも数回感じたことがあるけど、これはシナプス間隙のドーパミンの量が増加してる感覚だったのかーと思った訳です。
今はリタリンは飲んでないです。睡眠発作も最近起きないし。
ネットで調べるとリタリンって依存性があるんだね。私は全然そういうのなかったけど。
日本ではAD/HDには処方されません。依存性があるからなんでしょう。
でも私が思うにリタリンに依存するのって脳内のドーパミンの量が適正な人たちなんじゃないかな。AD/HDの人たちはそこに偏りがあって、リタリンでようやく安定する。飲んでも特に多幸感とかないんだよね。普通なんですよ。だから依存はしないんじゃないかな。そう言う意味ではAD/HDに処方するのには問題はないと思います。
ただ病気でもないのに合法的にリタリンを入手するために病人の振りをする偽患者がいるらしく、AD/HDで処方するようになったらそういう連中がAD/HDの振りをし始めてしまうおそれがあり、そう言う人たちを見破る方法が確立していないのかも。
それとは別に先週の木曜日あたりから体調を崩していて困っています。熱は出てないけど風邪引いた。しかも治らない。
こういう状況にも過去何回かなったけど、ようするに只でさえ虚弱な身体に更に慢性的な疲労がたまっているような状態であり、つまり、休むしかない。困った。
あーあとまた別の話なんだけどさー、コーヒー飲むと眠たくなるんだよね。前から不思議なんだけど理由が分からないです。リンコさんには身体があったまるからじゃないかと言われましたが。でもこういうことも職場では言わないようにしないとな!


きっと同族なのだろう

ネットのニュースサイトで、新しいネット上のサービスを次々と作っている無職の人の記事を読んだのですが、記事を読む限りきっと同族だねこの人は。
例としては「サイト作りにハマって受験失敗」。受験勉強やらなきゃいけないの分かってても目の前にハマってるものがあると途中でやめられないんだよねえ。「頼まれもしないのにツールを作っては、社内だけど会ったことはない担当者にメールで送ってた」他人の仕事でもこうすればいいのになーってのがあるとやっちゃうんだな。ただ私の場合この人程親切じゃないから見知らぬ人のためにはやらないけど。「深夜にサービスを思いつくと発作的に作り出し明け方には出来てしまう。アイディアが洪水のように沸くと作らずにはいられない」私は不注意優勢型なので人生の大半を不活性な状態で過ごしていますが、たまに活性状態になるとこんなだなあ。あまりないけど。しょっちゅうある人は羨ましいけど体力も必要なんでしょうね。それと、思いついてから明け方くらいまで(体力や通勤時間までなどの外部的な制限まで)にある程度形になるようなものに対してじゃないと集中力が続かないんだよね。「作り途中の段階でもベータサービスを始める。理由は、ユーザーから反応があるとモチベーションが高まるから」細切れに報酬を得ないと気力が続かないっす。報酬ってのは金品じゃなくて自分のしたことに対するフィードバックね。褒めて伸びるタイプという言い方をする人もいるようです。もちろん褒めてもらえたら申し分ないけど、反応ということであれば褒めてもらう内容以外のことでもいいんだよね。
この記事の文中でも言われているように通常の企業での段取りに則った仕事の進め方は苦手。いや、ほんとはそういう進め方も出来るんだと思いますよ。ただそれとは別にどんどん自分でやっていきたいんだよねえ。だってまどろっこしいもんねえ、そういうやりかた。
AD/HDの陽の部分を解説したような記事です。まあ受験失敗とかは全然陽じゃないですが。
それにAD/HDの人が全てこの人にとってのWeb環境のような趣味(興味を持続出来る対象)と実益と能力と社会との接点との兼ね合いとのバランスの優れた何かにハマれるとは限らないしね。
最後にお断りしておきますが私は医者ではないので発達障害の診断資格はもっておりません。
くだんの記事で触れられてる人に対しても診断をしているわけではありません。個人的な思う所を書き留めているだけですよ。


アメリカの人は変なTシャツ好きだよね

最近よくいくブログの一つに「医学都市伝説」さんというところがあるのだけど、そこでDSM-IV Tシャツというのを紹介していたのです。診断された病名が書いてあるので着ているだけでカミングアウトできるというすぐれものですよ。こういうのは無意味に欲しくなる。私はやっぱADDTシャツだね!不注意優勢型だし!
でも先日ライブドアでヨシムラのカッパTシャツ買ったばかりなのでやめときます。