「デビルサマナー葛葉ライドウ対隻眼化神」後編


ドラマの後編です。
今回のキーワードは「早とちり」
ヴィクトル曰く「悪魔というより、神になりそこねたヤツ」。
いやあの、メガテンの世界では神でも悪魔呼ばれてますがな。
とかいうことは言っちゃいけないんだろうな。やっぱり民間信仰とかあるわけだし。
今回の話は、前編を見て予想したとおりの展開でした。ある意味、ひねりはないです。でも、良かったです。
この手の話だと、悪魔によるトラブルが起きているその奥には、何か悪さを企んでいる人間の存在がかかせません。以前高橋なにがしさんの陰陽師小説を読んだのですが。
……思い出そうとしたんだけど、どうもタイトルが思い出せないです。でも内容的にこの本だろうか。


ライドウのみたいなのじゃなくて、平安時代のほんとの陰陽師の話なのですが、短編の集まった1冊の本の全てがそのパターンでした。
つまり「より恐ろしいのは人間の方だった……!」ってやつ。
正直読んだときにびっくりしました。一つくらいはパターンにはまらない話があってもよかりそうなものなのに、全部それかよっ。
しかしよく考えると、いや考えるまでもなく、あやかしや妖怪というのは、人間の営みで現れた『歪み』を『視覚化したもの』であるという見方があるわけでして、それに則って考えれば、そういう話になるのは当然の流れなのかもしれません。人の営みのないところに、悪魔たちの出番もまた、ないわけです。
今回もそんな感じで、悪いことをした人が裁かれるべく警察にひっとらえられました。悪いことをした人間を引っ捕らえていくのは、風間刑事のお仕事。
そして、人々に害を為す悪魔を引っ捕らえるのはデビルサマナー葛葉ライドウのお仕事です。
あとはネタバレになってしまうので、お話についての話はここで終わり。
個別に感想など書いてゆきます。
まずはガイン君! 来たよガイン君! 前編の感想で不満をもっておりましたが、その私の気持ちをちゃんと汲んでくれたのでしょうか!(と電波っぽいことを言ってみる)やっぱりモコイさんはいいねえ~~~。
エフェクトかかりまくってましたけど!
その次。メモをとる猫! この頃はフェルトペンはあったのでしょうか。ボールペンや万年筆では猫の口で書くのは難しかろ? あるいは鉛筆でしょうか。それにしても書くの大変だろうと。
それから、ヴィクトルのところに沢山いた悪魔。ライドウに連れてってーとせがんでいたということは、ライドウのところの悪魔だったの? 悪魔保育園状態だったの? デビルカルテに登録するって、そういうことだったの? それはそれで面白い。
ところで今回の「隻眼化神」は天目一箇神(アメノマヒトツ)のことでございました。隻眼だな。
そして、キヨのとーちゃんを雇っていた浜垣さん。
1週間以上ノルマが達成してないからという理由で労働者を家に帰さないってどう考えてもただの犯罪者……。
そんな無茶な労働条件を押しつけてもいいことなさそうだけどなあ。
昔の人の工場勤めとか、労働者を働かせる時にやりすぎるとやばいという意識がなかったころの時代のひどい話は、よく聞く話ですよね。
蟹工船とかもそうなのか? 読んだことないけど。いや、これはもしかしたらワーキングプアという現在の暗部を鋭く抉り取った社会的な問題提起の物語なのかもしれない。100年に一度の不況のせいで、身につまされる人もいるのではないでしょうか。つまり、全然昔の話になっていないんだなあ。にしても浜垣重工は極端だろと思うけど。しかもやらせている行為が犯罪……なんだっけ、こういうの、こんぷらいあんす……ほうれいじゅんしゅとかなんとか……むにゅむにゅ……。難しい話をしようとしてぼろが出そうになったので、やめました。
ここでも現実の世界の人間の方が恐ろしかったというオチになってしまうのでしょうか……!!
そして鳴海さん。いいなあ、ドラマの鳴海さん。この鳴海さん好きだー! 鳴海らしさが良く出ています。
タエちゃんもそうですね。脚本の人がキャラクターの「らしさ」をちゃんと把握して書いている、という感じがします。丁寧な仕事です。よいですね。
今回割を食ったなあと思うキャラは出番がなかった「ヤタガラスの使者」。
キャスティングするとしたら個人的には勝生真沙子さんか田中敦子さんがいいです。
名も無き神社を通して異界へ行くシーンがあるので、そこで出番がなかったということは、キャスティングの都合上だったんだろうな。
でもまあ、しょうがない! 優先順位が低いと判断されたのだろうし。
実際のゲームの時もそんな感じでしたが、事件がクライマックスに近くなると、ライドウが異界で悪魔と対戦する展開が続くので、他の人たち、つまり鳴海やらタエちゃんやらの出番が減りますな。
このCDでも前編に比べて後編の方がそんなでした。ライドウとゴウトと悪魔と悪役以外の出番少ない。風間刑事はもともと出番多くなかったですけど、ヴィクトルとかね。金王屋に至っては後編は出番なかった。前編では出番が少ないとはいえかなり重要で、しかも彼らしい出番があってよかったですけどね。
今回出てきたヴィクトルさんの新作「レギンの剣」。
私は詳しくないのですが、北欧神話? だっけ?
本編にも出てくるといいな~。
レジンの剣となると、プラスティック製ってことになってしまうからな。
悪魔の話。
今回はヒーホーはお留守番だったホー。
ナタクとピクシーは続けて当番。
それから戦闘要員として新しく投入されたのはアルラウネ、ミシャグジさま、アマツミカボシ、そしてナーガラジャでした。
特技要員としては、先ほども書きましたがモコイ。
一つ気になるところがありまして。
ライドウの風魔、じゃねえ封魔方法。
2体同時召還してるし、ストーリー的にもアバドンより後なんです。
が、管で吸引という方法を使っているのです。その辺はドラマだから都合に合わせて採用した展開なのでしょうけど。
にしても、戦闘中、非戦闘中を問わず悪魔たちの言葉が最高です。
前回もそうでしたけど。
ゲームでも元々色々話しているわけですが、自分は操作に必死なので、何言ってるんだかわかんねーということもよくあるわけです。
でもドラマですと、そういうのがはっきりとしていて、台詞が実に的確で、おさまりの良い感じ。「聞こえますよ、悲鳴のオペラが!」とか、文字で読んでもピンとこなかったわけですが。こうして聞くと、わかるなあ。
かといって、作中での悪魔台詞にこだわらず、オリジナルで発言させている台詞もそれぞれそれっぽい。鳴海やタエちゃんのところでも書いたけど、じつに正しく各口調を把握して書いているんだなあと思います。ステキよ。
「お前誰?」って言われてるのか、ライドウ。「たまにな」
……いや、いじめじゃないよな。
ライドウは鳴海の面倒を見まくっているらしいです。
24時間面倒をみる存在、それは嫁といいます。
ただの探偵見習い、というかデビルサマナーなのにそこまでやらなくてもいいだろ、たとえ学生の身分じゃなくなっても……。
ここにも問題のある労働環境が(違います)。鳴海は結婚でもしろ。鳴海のところに嫁いで来たがる女性もいなさそうだけど。
おまけにあった、ネットで先行公開していた小話(?)。あれの鳴海V.S.ゴウトの話が好きです。とても好きです。特に鳴海の「うふふふ、うずうずしているね。おいで~~」が最高です。しゃべり方がすごくいいです。弄ばれるゴウトさんも最高です。
ですが。
おまけの、「無音時間」が長すぎです。
QuickTime(有料版)でカットさせて頂きました。
こちとらiPhoneで通勤時などに聞くのです。極端な無音時間は勘弁してください……。
最期のコメントで声優のみなさんも言ってたけど、続きができたらいいですね。
ゲームの続きでもいいし、ドラマの続きでもいい。同じキャストでアニメでもいいですね。ドラマCDやアニメを作るにしても、ゲームの続編も作って欲しい。ようするにもっとライドウを遊びたいです。アトラスさん、本当によろしくお願いします。
「この屏風にはいった……なんでもありませんありがとうございました!」


「タイタニア」25話

「熱砂の激闘」の巻。

あらすじ・ザーリッシュ・タイタニア率いるタイタニア軍が辺境の惑星バルガシュにやってきた! 目的はタイタニアの公敵にして弟のかたきであるファン・ヒューリックの生け捕り。主権を主張するバルガシュ政府及びバルガシュ正規軍としてはザーリッシュの軍事行動をしたいようにさせておく訳にはいかず、結果としては反タイタニアのヒューリック一派と共に戦う羽目になる。トゥルビル少将の明日はどっちだ。

というお話でした。
先週の感想でブーブーいってた正直じいさん号の本当の最期でございます。
原作ではこれ見よがしに廃棄された正直じいさんを砂漠に配置して、それをおとりとして、砂漠の中に潜んでいたドクター・リー配下の軍艦が真上にやってきたザーリッシュ艦隊の旗艦タイフーンを近距離射撃、という流れでした。
アニメではドクター・リー配下の軍艦がバルガシュ正規軍のお出迎えに行っていたので(しかしよく考えるとその行為ってなんか意味あるのか? 全然わからんのだが)どうするのかなーと思ってたら、正直じいさん号自体に罠が仕掛けてあって、タイフーンを狙い撃ちしてました。
広い砂漠の中でたった1隻の船の真上を丁度旗艦が通るようにおびきよせるなんて、ヒューリックとバルガシュ軍との連携はすごいなあ!
リラの死ぬまでのいきさつの原作とアニメの差異と似たような感じで、正直じいさん号の最期も変更が加えられたというわけですね。
原作より派手に、感傷的に、ヒロイックに、というわけですな。
ふーむ。
まあもうどうでもいいか!
リラのときと同じように明らかに変更したせいで作戦が説得力を失っていたり、現実感減ってたりしているわけですが、今更些細な事だ。
原作のテンポも損なわれてるかなー。
どうにもカタルシスの味わいがたいアニメだなあと思います。
「この期に及んで慎重論をとなえても」は「よくいってくれた」と対に
なっている言葉なので、単独で言われても威力ないよなあ……。
毒をくらわば皿までコンビは最初と最後で落差があるから面白いのに、それをちゃんと用意してくれないと、あんまり面白くないじゃないか。
さて今回は、
ザーリッシュ無双
の巻でした。
さすがは武勇でならすザーリッシュ公! まさに一騎当千といった佇まいですよね。
お願いだから敵と対峙してるときはファイティングポーズくらいとらせてあげてくださいよ。
すこし腰を落として、次の瞬間にどちらの方角にも対処できるようにしている、格闘家だけでなくアスリートならテニスプレーヤーもバスケ選手もバレー選手もカバティの選手もみんなやってるあのポーズですよ。
腰落とさないと、全然強そうにみえない、すくなくとも格闘のたしなみのある人物に見えないからぁぁぁぁぁ!
タイタニアのアニメがアニメ的におかしいのは今に始まったことではないので、今更なんですけどね。原作の小説では、作家がことさらに描写しなくてもなんとか表現のしようのある部分です。でもアニメなどの二次創作の時には、アニメ制作者側にその手の認識がないと、上手くいかんのだろうね。少なくとも、格闘する人の動きに全く関心がない人たちが作ってるのはわかった。
来週は最終回ですね。
ちょうどそのころに再読の3巻も読み終わりそうなので、まとめ感想など……書くのかなあ。やっぱり。


「爆笑問題のニッポンの教養」歴史人口学

爆笑問題のニッポンの教養「人口は口ほどにものを言う~歴史人口学・鬼頭宏~」の話題。
私は前から気になってた事がありました。
自分が生きているのはこの現代ですが、映画や漫画や小説やドラマなどによって、昔の人の生活を間接的に知ることはあります。まあフィクションに限らずノンフィクションもありますな。エッセーとか。
そういうのに触れると、「感覚的」に、最近の人は子供っぽい。というか成長するのに時間がかかっている、というか。
逆に言うと、作品中に出て来る「昔の人」って若くても大人というか。
そんな感じがする。
大雑把に言うと10年くらいの差があるな、と思ってました。
今の30歳って、昔の人で言うと20歳くらいの感覚。
昔の50歳って、今でいうと60歳くらい。
私が子供の頃、自分が小さかったからというのもあるけど、60歳というとすごく年寄りに思えたんですけど、今の60歳の人って(個人差はあるけど)若いですよね。少なくとも私が子供のころの60歳のイメージより、ずっと若々しい。
ここでいう「昔の人」って言い方も大雑把ですけど、まあ高度経済成長期くらいから以前ですかねえ。
……と、考えていたんですけど、この番組で歴史人口学の鬼頭先生という人が同じようなことを話していました。
人生ゴムバンド説……だったかな。
平均寿命が延びたので、死が遠ざかった。死ぬまで時間がかかるようになった。
平均寿命が40歳くらいだったころ(そんなに昔じゃないらしいです)の20歳は、今(平均寿命が80歳くらい)の40歳くらいだ、というのです。うは、10年どこの差じゃねぇ(笑)
そうなるとどう生きるか…伸びた分何をするか…それが問題、みたいな話だったんですが。
オタクの皆さん(勿論私も)だったら別段時間をもてあまして困ることはないよネ!
オタクって高齢者社会向けだったのか。
昔の人が若くてもしっかりしてるのは、昔は生きるのが大変だったからかなーと思ってたんですが(今の方が科学技術が発達してるし医学も進んでいるので生きやすいのではないか、というのが前提で)、そっか、そもそも平均寿命が違いますよね。


「アニメ化」するということ

戦国BASARAの感想を書いていたときに書いたことで思い出したんだけど、アニメ化することに対して思うところが、子供の頃と大人になってからで違うんですよね。
戦国BASARAはゲームが原作だし、最近はゲームのアニメ化が多いけど、漫画がアニメになるケースは多いです。小説からって場合もあるけど。
小説と違って漫画には絵があるので漫画がアニメ化というとその絵が動くのかなーと思うんだけど、実際に見てみると、そうでもない。
漫画は紙にインクとつけペンで書くし白黒だし、アニメはなんだか石油原料っぽい透明のシート状のものに書かれた平板な線に平板に色を塗るのが普通で(最近はデジタル化が進んでいるのでまた違うみたいだけど)、どちらにせよ画材や制作過程が違うので同じになりようがないわけです。
大人になってアニメの作り方や漫画の書き方を知ってからはそういう違いを理解出来るようになるんだけど、子供の頃はそんなの分からないし、場合によっては聞いても理解できないくらい幼い場合もあるので、ようするに子供にとってはそんな事情は知ったこっちゃねえってことです。
そうなるとお気に入りの漫画がアニメ化したのに、見てがっかりする場合がある。
絵自体が(似せてても)違う場合もあるし、最初からさっぱり似せてない場合もある。
漫画は作者が作画と作話を担当するから必ずしも絵の専門家とは限らないけど、アニメは作画する人は専門家なので、アニメの方が絵が上手い場合も多い(もちろん逆の場合もある)。
それでもなにか腑に落ちない思いをして、そういう経験を重ね、なおかつ両者の作り方の違いなんかを知っていって、そういうものらしいぞと納得するようになると、絵が違ってもそんなに不満を感じなくなる。
漫画は白黒だし、動かないし、音もないし、それに比べてアニメはカラーだし動くし音声も音楽もあるし、漫画よりアニメの方がすごいというか、アニメ化されるのが「嬉しい」感覚ってのがあると思うのですが、そのうちそうでもないんだなーと思い始めたりする。
大人になってから「そういうもんだ」と思って適当に見てるんだけど。
でも、たまにそういう子供のころのことを思い出してもいいんじゃないかと思います。
アニメと漫画じゃ作り方が違う、なんてのは制作者の都合なんだしさ!
原作漫画のファンからしてみると、アニメ化するなら原作のままアニメ化して欲しいと思うのは自然な流れだと思うんだよね!
鉄腕バーディーがアニメ化してりょーちもさんの絵がもうすばらしく可愛いのだがやっぱりゆうきさんの千明の方が美人だよとか。パトレイバーも高田明美さんが書くと黒崎がなんかおしゃれっぽいのだがゆうきさんの書いた黒崎の方が(オタクっぽいけど)美人だよとか。
荒木さんや姫野さんの絵が美しいのはわかるけどやっぱり車田さんの壬生の方が美人だよとか。
そんな風に思ってしまう心はしょうがないと思うのです。
それを考えると原作もアニメの監督も、作画も作話も一人の人がやってる風の谷のナウシカは結構すごい。
宮崎さんは原作の漫画を鉛筆で書いていたので、アニメのデジタル化が進んだ今、アニメを鉛筆で作る技術を更につきすすめてナウシカの再アニメ化をお願いします。お願いします。榊原良子さんが引退する前にお願いします。
あとエヴァンゲリオンがちょっと変わってまして。
アニメのキャラデザの人が漫画を書いているのですが、アニメ向けの絵でもあるし、漫画は漫画でペン画にも最適化した感じで描いてもいるので、アニメはアニメで、漫画は漫画でレベル高いし、何しろ同じ人だからメディア間の違和感がないのがステキですね。
でもこれは貞本さんがアニメと漫画、どちらの作画スキルも高い人だから出来たことで、普通に最初に漫画として発表された作品がそんな運の良いことになることはやっぱりあまりないよね~。


「タイタニア」1話

田中芳樹さんの小説が原作のアニメです。BSで先行放送していたシリーズですが、地上波の総合深夜にやってまいりました。
私は同じ作者の銀英伝・創竜伝・アルスラーン戦記とともにタイタニアも読んでいたんですが、この小説が発表されたのはちょうど私が田中小説をなんとなーく読まなくなってきたころでした。
タイタニアだけは続きが気になったので続けて購読してました。
結局3巻しか出ませんでしたけどね。
ずっと4巻が出るのを待ってたんですが。
それがどうして今頃いきなりテレビアニメになってるんですかね?
私には「いまさら」という印象が強いです。
当時アニメ化して欲しかったわけではないんですけど。
何故続きが気になっていたのかというと、アリアバートさんが大好きになってしまったからでした。
田中さんの小説は美形が多いのですが(銀英伝のラインハルトとか、創竜伝の兄弟とか)、アリアバートさんも美形です。
ただ、原作は小説なので、美形と言われてもそれは「文字情報」にすぎないのです。
こと小説に関する限り「美形」というのは、作中のエピソードでそういう設定として語られない限り、実感しずらい設定です。
逆に言うとどんなキャラとして扱われていたか、の方が重要なのです。
例を挙げれば、銀英伝でいうとピカピカの美形設定のラインハルトより、特に作中では美形とは語られてないヤンの方が人気があります。
ヤンのキャラクターの方が読み手に支持されたからです。
※ちなみに、ラインハルトに関して言えば、たまさか美形であったために、同じように美しい姉のアンネローゼが皇帝に見初められてしまった、というところから彼の物語が始まっていますので、「美形である」設定自体にも一応物語上の意味があります。が、キャラクターとしての魅力にその設定が寄与するかどうかは、別問題なんですね。
そんなわけで自分は面食いな訳じゃないよ!と言いたいがために長々と解説してきましたが、アリアバートさんが真価を発揮したのは物語最初の会戦で敗北して以降でした。
負けて男を上げる、とでも申しましょうか。
作中でそういう扱いだったんですが。
美形でこういう展開は新しいな、と当時思ったのを覚えています。
そして作者がこのキャラを今後どっち方向にもっていくのか、気になりました。
この辺はまだ1話しかアニメを見てない人にはネタバレかしらん。
すいません。
アニメ1話はアリアバートさんがふるぼっこにされるエピソードですからね。
がんばれアリアバートさん。
そんなわけでおそらくタイタニアを読んだ人の大半がヤンの系譜を継ぐヒューリック、もしくはタイタニア側の主人公ジュスランのファンなんじゃないかと思うのですが、一人でアリアバートを応援していきます。
とかいいつつマッドサイエンティストのドクター・リーも好きです。